
チャレンジ!数的処理!!
出題数が多い数的が解けるようになると、安定して合格点がとれるようになります。
先月までの姉の貯金は、妹の貯金の5倍の額でした。 今月、ブティックで姉は3万円、妹は1万円の洋服を買いました。
すると、姉の貯金額は妹の貯金額の6倍になりました。 今の姉と妹の貯金の合計金額はいくらでしょう?
(1) 10万円 (2)12万円 (3)14万円 (4)16万円 (5)18万円
ぼくが公務員の魅力を理解した瞬間
ぼくがシグマを開講してから、早いもので、もう14年目になります。 最初の頃の生徒は結婚して、子供もいたりします。
ある卒業生の結婚式に呼ばれたときのことです。 シグマの同期生たちも参加していたのですが、ある卒業生は消防士になって、家庭を持ち、ローンを組んで自分で家も建てていました。
ところが、もう1人の卒業生は、当時は公務員だった郵政に就職。いまは民間になってしまい、将来のことが不安で、消防士になって卒業生と同じように時期に家を建てようかと話していたのですが、取りやめました。
この話を聞いた瞬間、将来にわたって生活設計をできる公務員の魅力を実感しました。
民間企業の平均寿命が30年を切ってからずいぶんたちます。つまり会社のために身を粉にして働いても、会社そのものが倒産する可能性も高く、またリストラされる話は他人事ではありません。独立起業といっても、ハンデなしの完全歩合給なわけで、実際は90%が失敗に終わっています。
それに引き換え、公務員は悪いことをしない限り一生安定です。その上公務員の平均年収はなんと700万円。それに対して現在の民間企業のサラリーマンの平均年収は450万ぐらいです。高校から公務員になるシグマ生たちの親に公務員が多いのもうなずけます。自分の子供にも安定した将来設計をしてもらいたいと思うのがあたりまえですよね。
| 職業 |
公務員Aくん
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サラリーマンBくん |
独立希望Cくん |
| 将来は? |
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| 平均年収 |
700万円 |
450万円 |
創業時はほぼ無収入 |
| 失業 |
可能性はほとんど無し |
リストラの危険。さらに有名企業でも倒産の可能性あり。 |
90%が失敗。そんなに世の中甘くない。 |
シグマの合格実績を見てください。
どうしてそんなに受かるのでしょうか?
その秘密を知りたい方は、ぜひシグマ生たちの合格体験記を読んでみてください。
シグマ卒業生の合格体験記はこちらから
鈴木 俊士
ぼくの勝手なお願い。みんなには、こんな公務員になってほしい!
痛ましい事件や目を覆うばかりの犯罪が連日ニュースを騒がせています。
いままで信じていたものが、うそで塗り固められていたり、安心だとおもっていたものが、真っ赤な偽物であったりと、ここ数年間は、まるでいままでの日本という国の歩みがもたらしてきた膿が、一気に噴出しているかのようです。これから良くなるのかそれとももっと悪くなるのか、わたしたちはちょうど変わり目の時期にあるような気がします。
そんなとき、ふと思い立って、テレビなどでもたびたび報道される、矢祭町について調べてみました。
矢祭町と、前町長の根本良一さんの行政についての見事な考え方と行動は、今、わたしたちの国が抱えて立ち往生している問題を見事に解決しています。
公務員にも、こんなすごいことやっているひとたちがいるじゃないか、と感動しました。
わたしはシグマ生には、ぜひこんな公務員になってほしいと思います。
そしてシグマは、たとえどんな環境におかれても、王道を実践する誇り高い公務員を、世に送り続けていきたいと思います。
根本 良一は、元矢祭町長。地方自治体の自立試みで有名。
高校3年の時父親を交通事故で失い、進学を断念し家業の家具店を継ぐ。
1983年4月、町長に初当選。平成の大合併期に「合併しない宣言」を行う。 その後、自立財政を目指し、猛烈な行政改革を断行した。
職員の削減、職員の職務兼務の推進などを断行。 (町長自ら役場の清掃を行う。清掃業者を排除しコスト削減につとめた。清掃は職員が交代でやる。助役や教育長もトイレ掃除。自分たちで始めてからは女子トイレに髪の毛一本落ちなくなったという。)
単なる切捨て型財政再建でなく、職員の意識改善により、町民への住民サービスは格段に向上した。 (町民の役所への届出は、職員自宅に届け出ることも可能)
2003年3月、夫人の病気に伴い、介護のため町長選挙への出馬を見送ろうとするも、町民が再出馬を熱望。定例議会最終日、引退声明の記事を見た町民三百人が押し掛け、町長室を占拠。「最後の晴れ舞台」に銀座で新調したスーツで出勤、家族も赤飯を炊いて送り出した根本は議場に入れない。「女の人が泣き泣き、背広やズボンをギュッとつかんで押さえちゃうんです。あれは人間バリケードかな」と助役の古張。ついに根本は鼻水を垂らし涙声で「行くところまで行く」と引退を撤回。傍聴席はバンザイの嵐となった。再出馬し当選。
2007年4月17日、6期24年務めた町長を勇退。
根本良一氏のインタビュー
鈴木 俊士
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